ウェブが人間の記憶を変える可能性、希望的観測としての社会発展

ウェブが人間の記憶を替える可能性

あくまでも希望的観測、もしくは一定の条件が揃った場合という条件、ではあるのですが、ブログとは人間の生きた記憶のあり方を大きく変える可能性があるのではないでしょうか。

例えばこれまで写真のカメラしかなかった頃は、画像記憶を残す行為とは、写真を撮り、そしてそれを現像し、アルバムに貼り付ける作業を行い、そのアルバムは基本的には一度に一人しか見ることができないというものでした。

それに対し今のウェブ、例えばブログやtwitter といったものはデジタルカメラで撮影した写真を即座にアップロードし公開することができます。また、また、その写真は今までの銀塩写真のように経年劣化することはありません。

文章もtwitter のように気軽に文章を投稿することができます。

これらの記録が永続的に残るのであれば、人間の記憶の在り方というものを大幅に変える可能性があるのではないでしょうか。

記憶の退色が存在しなくなる社会

一番わかりやすい例では、今までの普通のカメラで撮った銀塩写真というものは時間と記憶と共に色あせてきました。しかしインターネットに公開された写真は、それは色褪せることなくずっと撮影地と同じ状態を保ちます。

またtwitter などでリアルタイムで発言された投稿は、その瞬間の感情を切り取ったものでありい、記憶をもとに書かれた随筆家エッセイもしくは文章記録などとは全く異なる表現といえるのものです。

ではそれが人間にとってメリットとなるのかどうか、それは正直なところ分かりません。

人間は80年もしくは90年で確実に死ぬ運命が待っています。そして人間は死ぬことによって世代交代を行います。

しかし、記録だけが生々しく、当時の感情が全く色褪せることもないま、インターネット上に存在している、それはこれまで行われてきた記憶の継承という人間の営みについて、まったく新しい文化を加えることになるのではないでしょうか。

画像メディアの将来への保存の重要性

特にここで重視されるべき点は、画像というメディアです。

どうしても文章というものは、たとえtwitter でその場で発言したとしても、そこには人間の感情が必ず入っているものです。

それに対し写真というものは撮影しそれを無加工でアップロードしたのであれば、事実のありのままを継続的に伝えていくことができます。

無論、そこには撮影する側の人物の意図もあるのですが、少なくとも撮影された光景もしくは物体については、それは事実として後々解析をすることができます。

もちろん今はphotoshopなどの 画像のレタッチソフトもありますし、写真も必ずしも嘘をつかないというものではありませんが、しかしそれでも撮影された状況または投稿された状況によっては、最も事実を伝えるメディアとなり得るのではないでしょうか。

そもそもの電子媒体の危険性

ただ、それらの記録が永続的に残りうるのか、という事については、それは人間の心がけ次第なのかもしれません。

過去の文化を調査し、そしてそれがその後の世界に生きている人々にとって役に立つ情報という意味では、大いに意味のある事です。

特に失われつつある技術や、また伝統芸能などについては、積極的にweb 上に残して行くべきでしょう。

しかし、ここまで楽観的なメリットについて書いてきましたが、しかし、そもそも論においてwebとは、すなわちハードディスクもしくは ssd の上の記憶を、しかもそれは第三者が管理しているデータを、 web ブラウザでリクエストすることによって、そのデータを再現しているに過ぎません。

当然それは機材がデータを保持している媒体であり、例えば第三次世界対戦が起こった場合、電磁兵器の電磁パルスによってそれらが全て失われるという可能性ももちろんあります。

また世界的に凶悪なコンピューターウイルスが生じた場合、それがweb サーバーにまで感染するのであれば、別の記憶というものはこれほど贅沢なものもないと考えることができます

残念ながらそれらの記憶媒体が一瞬にして例えばそれは人間の痛みは一年分消去するということも悲劇としては十二分にありえるわけです

まとめ

人間が戦争などの大きな災害を経ずに、またweb 上に残っているデータを積極的に残そうとして行くのであれば、人間の記憶の多様性を加速させる、過去の記憶の有効活用、という意味ではよりその進化のスピードを上げる可能性があります。

しかし逆に、それらの記憶を残そうとせず、またデータが失われた場合、webというものは単なる一時のストレージに過ぎなかったとなる可能性もあります。

一番データとして残しやすいものは、個人や中小企業レベルであれば紙に書いて印刷する、そしてそれを虫食いや火災などに注意する、という保存方法が一番確実ではあるのですが。

もしweb が今後も継続して健全な発展をするのであれば、それとともに人間の文化の健全な発展をするでしょう。

ただ、人間の営みとは、結局、消滅することによって進化している、また人間は生きる時間が限られているからこそ、努力はする、そして自らが自分の体験として記録を残すということなのですから、必ずしも記録だけが人間を進化させるものではないかもしれませんが。

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