生まれ育った町の変化について 衰退する町を歩く 地方の今後のあり方

生まれた町を歩く

今回はかなりネガティブな事を書いています。

私は生まれた場所と、今働いている街は数百キロ程度離れているのですが、仕事の都合上で、自分の生まれた町に何日程度か連続で勤務する事があり、比較的、時間的には自分の思い通りになるような仕事であったので、自分の生まれた町を何年かぶりに散策してみる事にしました。

ちなみに、私は自分の生まれた町については、そこに戻ろうとは考えていません。また、その町が良いとも思っていません。

そのため市内の中心部などは足で歩いたのは、もう20年ぶりぐらいになるかも知れません。



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シャッター商店街と化した中心通り

朝の9時ぐらいの早い時間であった事もあるのですが、それにしても活気がなさすぎです。

建物自体は非常に綺麗ですが、これはおそらく行政が支援をおこなっため、そのように綺麗になったのでしょう。

また、人の気配が全くありません。また、町に活気がありません。かつて中心街にも比較的大きめの百貨店などがあったのですが、それらは全て撤退し、幹線道路沿いに、全国どこにでもあるような大規模店舗が作られました。

それは全国どこでもある事なのでしょうけれど。

ただ、現実問題として、いわゆる町の商店街と呼ばれるような個人商店が生き残る、もしくは生き残らせるためには、行政の支援だけでは限界があるのではないでしょうか。

商店街などは、「ものを売る」事を前提に成り立っています。

しかし、今、小売業などにおいてはネット通販がその勢力を占めるでしょう。また、買い物に行く際、当然、消費者は車を要します。つまり、それは言い換えるならば、

「わざわざ自分の車を使ってネットよりも高い商品を買いに行く」

事になります。当然、消費者はそんな選択をしないでしょう。では、わざわざ中心部に人が来るための理由とは一体、何なのか? 中心部に来るだけのメリットは一体何なのか?

行政は、本来中心部を活性化させるためには、それらの理由を考え出し実行しなければならないのです。

とはいえ、その答えは私にも分かりません。それは、もしかするとネットとリアル店舗のの融合かもしれません、もしくは個人事業者や零細企業の市内中心部への移転の促進による、いわゆる商業界としての賑わいになるのかもしれません。



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文化のコピーのコピー

今、私の働いている地方都市も、決して先端的なイメージの街ではなく、伝統に基づく地方都市のイメージが強いのですが、しかし、それでも尚、私が故郷の町を歩いてみると、その街が先端的であるとすら思わせる文化的な落差があります。

私の故郷で働いている人は、一体どのような生活をしているのでしょうか?その人々は、楽しいのでしょうか。週末にイオンにでも行くのでしょうか。



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街の文化は人間の根源である

実際問題として、日本の少子高齢化は現在進行形としての問題ですし、地方の集落は今後、現実的に消滅していくのではないかと考えます。

私は昔からかなり本を読むので、生まれた町で古本屋も何件か利用していたので、今回、その当時の古本屋を訪れましたが、ほとんどが閉店しているのです。

もしくは、業種の転換をしていたり。私の持論として、「古本屋とはその街の文化レベルを表す」と考えているため、古本屋が潰れていく町とは文化レベル自体が衰退していると思わざるを得ません。

ブックオフなどの大規模チェーン店の本屋はまだ存在しますが、あれは古本屋とは少し違うような気がします。

いわゆるブックオフは、本来残すべき古い本を、外見が汚いという理由で、あっさりと廃棄してしまいます。また本に詳しい店員が書籍を扱っているのでもありません。

ブックオフは決して古本屋というカテゴリの中に入れるべき存在ではないと考えます。

話を戻します。これは私の故郷の町の話ですが、おそらくこのような事例は日本の全国どこでも生じている事なのでしょう。今の社会は人口減少が始まり、いずれは消滅する地域も出てくるのでしょう。

幸いな事に私の故郷は消滅こそはしないでしょうけれど、確実に衰退はしていますし、町の産業構造そのものが衰退、変化しています。

町の中心部は寂れる一方、郊外の道路では、大型のチェーン店が立ち並んでいます。

その道路は少なくとも私が幼い頃にはただ単に田んぼの中を走る道路であったと記憶しています。つまり、人工的に作られた土地の上に、人工的に作られた全国画一的な文化がつくられ、それは地方の隅々にまで浸透している、と考えることが可能です。

それは確かに車を持っている人のとっては便利なことかもしれません。しかし、それは地方のマイルドヤンキーと呼ばれるような人々が機器としてそれらの施設を利用し、その負の循環として、市内中心部は寂れてゆくプロセスになります。

人間と同じように町も生まれ、育ち、衰退し、そして、やがては消滅するのでしょう。

特にそれは今の人口減少の社会においては現実的な問題として社会に突きつけられようとしています。

今後も何年かに一度は自分の育った街をゆっくりと観察しようと思います。その行為は自分の生き方を考える上でも大いにヒントになる行為かもしれない、と考えました。

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