Macについてのブランドとしての危険性、もしくは書評 アップルの法則 林信行

確かにマックが美しい事は認めるが

この本を読んでいた私が思ったのは、アップルとは、とくにスティーブ・ジョブズ氏の独占的な手法によって、パソコンを超えたブランドとして成功させる事ができた、事実。しかし、それは別の角度から見ると、一種の独裁的権力を使って完璧主義的な思想でブランドを染め上げ落とした事にほかなりません。

私はこのブログに過去にも少し書きましたがMac自体は確かによいハードウェア である事は認めます。

しかし、ではそれをビジネスに用いているのは、マックのブランドイメージ故に自分の意図せぬメッセージお客様に向けてしてしまう事があるのです。

確かにデザイン系企業などではマックを使うことには大いに意味があるのかもしれませんが、少なくとも通常の事務系においてマックを使っていることは「一種の疑念」を抱かせるには十二分です。

実際に、この傾向はブロガーと呼ばれる人達はこぞってマックを使って自分が「オピニオンリーダー」であるかのようにセルフブランディングを行い、その影響力を誇示しようとする傾向があります。それはマックというブランドのイメージに便乗した行動なのではないでしょうか。

本来、文章しか書く事が必要ないのであれば、彼らこそwindowsが一番使いやすいメインマシンであると思うのですが。



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マックという、最先端であるがゆえの陳腐化

この本を読んでいて思ったのが、非常に皮肉な事ですが、マックの製品は型落ちになった瞬間に、すごくダサいガジェットに見えてしまうことです。

これはデザインの世界ではよく言われていますが、「現在の最先端は10年後のお笑い」という言葉があります。つまり時代の先取りをするという事は、それは10年後に見るとそれが普及したがゆえに、極めて陳腐な行動に見えてしまう、という事なのです。それがマックでは会社全体でそれをしようとしている。

もっとも、それは企業の戦略として製品のサイクルを早めるために意図的に行っている可能性は否定はしませんが、ただ、私はそのような流行の最先端を仕事として使うガジェットに取り入れる事は、非常に危険なのではないかという気してなりません。仕事において求めるパソコンとは絶対的な安心感、そして安定感です。



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マックのブランドイメージ、思想性の危険性

今、マックは消費者を先導し、そして自らのブランドであるかのように振る舞っていますが、しかし、いずれ、マックというブランドそのものが陳腐なものとしてなってしまう日が来るのではないかと思ってしまいました。

マックという会社は、アメリカ的な、または一種の変質したグローバリズムとしての単一モデル的な思想を繰り広げていますが、いずれ、その思想自体が陳腐に思える時期が来るのではないかと思ってしまいました。

それは、トランプ氏が大統領に就任したように。もしくは、スターリンが一時期は(一部の思想の人々には)賞賛され、そして、その後左右両陣営双方から罵倒されるようになったかのようにです。



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