三菱自動車燃費偽装事件に見る問題の本質と報道

そもそも論で、日本で売られている全ての自動車のカタログ燃費と実燃費が乖離しているわけですよね?現実的に。それにもかかわらず、三菱自動車が叩かれる理由が理解に苦しみます。無論、不正な行為を行った事自体は糾弾されるべきですが、むしろそれよりは、「正確に測ったとしても事実とは異なる」そもそもの「基準」としての燃費の測定方法がまず疑問として提起されるべきではないでしょうか、と。

結局、実験室やそれに似た特殊な環境下においてのみ達成される数字なのですから、それを多少ごまかしたところで、「元々その基準自体が信じられていないのだから、誰にも疑われない」ということでしょう、と。

それについて、10%程度の不正があったために、三菱が日産による実質的な買収となる。なんとも不可解な対応としか思えません。

(その後の三菱自動車が購入者に「10万円を払ったら問題は終わりね」、という問題解決が正しいのか、と問われるとそれにも賛同しがたい部分が大きいですが。)

問題の発生後、1週間程度で日産自動車によって三菱自動車が事実上の参加になることになりましたが、タイミングが良すぎませんか?まるでその問題が以前から知っていたかのように。 三菱グループとしても、自動車部門自体がお荷物であったことは事実でしょうし、何らかの高度な意思判断が働いていたことは確かでしょう。

なんとも後味の悪い終わり方なのですが、これは、日本経済の縮小の一連の流れそのものではないでしょうか。例えば東芝の家電部門の売却然り、パナソニックヘルスケアの切り売り然り、シャープの中国資本への売却然り。

むしろ三菱自動車が本当はそのブランドを保持したまま本体との関係を薄めたかったのではなかろうか、とすら思ってしまいます。それは、巨大グループの中の政治的意図が働いている事項でしょうから、絶対にその真相が明かされることはないでしょうが。

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