疲れと思考 疲れていると全てがネガティブになる

疲れることと思考のネガティブ傾向

私の場合、疲れているとものすごーくネガティブな思考になります。考えなくてもいいことを考えたり、全てを悪い方向に捉えたり。

考えがネガティブなときに何を考えても良い考えは出てこないし、逆にやらなくてもいいことをやってしまったり、必要以上の不安を背負い込んだり。いわゆる負のスパイラルの自己生産と問題の自己拡大ですね。

それらは本来では必要のない作業まで手をつけてしまう事により、さらなる問題の拡大を招きかねません。

人間が生きていくうえでの原動力としての恐怖心は認めますが、それも程度問題です。適度に問題意識を持つことは必要ですが、あまりにもそれに過剰に反応すると人生そのものが楽しくなくなります。

そのような場合どうするべきでしょうか。それは例えばブログを書いて自分の思っていることを吐き出したり、あとは寝たり。

疲れている場合、何かをすれば元気になる、ということではないのですよね。栄養ドリンクを飲んで一時的に元気なっても、それは「元気の前借り」なわけで、必ずツケはやってきてしまいます。それはさらなる負のスパイラルへの入り口となりかねません。



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疲れている時に必要なこととは

疲れている場合に、ほんとうに必要なことは肉体を休めること。肉体は精神の器ではなく、精神と肉体が密接に結びついて動いていることを休憩によって実感します。肉体的充実があるがゆえに精神が充実するのですから。

具体的には、甘いモノを食べて、寝る。

そんな、単純なことなのですが、それすら思いつかなくなるのは、精神と肉体が疲弊してしまっている証拠にほかなりません。止むことは一見、問題への遠回りのアプローチに見えて、視点を回復することにより、最短の問題解決への手法を与えてくれることが多々あります。



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一時的に諦めてみる

世の中、考えてもダメなことはダメ。そんな風に一時的に諦観して、何もかもを一時的に中断して休息する、睡眠する、まるで、一見、非生産的な選択も全体的視野に立ってみれば非常に意味がある選択ではないか、と考えます。

あえて作業としての休憩、補給、睡眠を選ぶ、という選択肢、ともいえます。がむしゃらに働く以外の選択肢を「あえて」選ぶ、という手法を知ることこそ、自分の気分との健全なおつきあい方法かもしれません。

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